バラ「王妃アントワネット」は、池田理代子先生の名作漫画「ベルサイユのばら」に登場する主人公のひとり「マリー・アントワネット」がイメージされたバラです。
史実での「マリー・アントワネット」は、オーストリアのハプスブルク家から18世紀のフランス・絢爛豪華なブルボン王朝のルイ16世に嫁いだ女性で、フランス革命によって断頭台[ギロチン]で37歳の短い生涯を閉じた悲劇の王妃として知られています。彼女はまた、古い王侯時代の象徴と扱われたり庶民を苦しめる悪役のように描かれるなど、どちらかと言えば歴史上、評判が良い人物として説明されることは多くありません。
しかし他方、未完成ではあったものの、彼女には彼女なりの信念を強く持ち、ぶれない芯で生涯をまっとうした誇り高い女性でもありました。漫画「ベルばら」ではそんな彼女の真っすぐな芯の強さを表した名言をいくつも見ることができます。
これから紹介する品種の特徴がこのような人物の生涯にどのように重なるのか。絢爛豪華なベルサイユ宮殿の暮らしからギロチンの露と消えた激動の人生を送った女性の名がつけられたバラ「王妃アントワネット」を扱います。
本稿は、誇り高く、絢爛豪華なベルサイユのばら「王妃アントワネット」の栽培実感です。
目次
品種の情報
4基準データ
- 花色 : ローズピンク[濃いローズピンク]
- 芳香 : ★★★★★☆ [強香|ティー]
- 耐病性 : ★★★★☆☆ [うどんこ病「かなり強い」|黒星病「普通」]
- 樹形 : 木立ち性|ハイブリッド・ティー|[半]直立
※4基準とはバラ入門者の方がはじめてのバラを選ぶうえでの指標となる4つの判断基準です。さまざまにある選択要素のなかから最も重要な4つの基準を紹介しています。
詳しくはこちらをご覧ください。
⇒ バラ初心者の品種の選び方。あなたに最適なバラを探す4基準
⇒ ハイブリッド・ティーってなに?|新時代を開いた現代バラ誕生の物語
補足基準データ
- 花つき : かなり良い
- 花もち : 抜群に良い
- 花形 : 波状弁抱え咲き
- 花びらの枚数 : 45枚[最大]
- とげ : 少数の鋭くふといとげ
- 耐寒性/耐暑性 : やや強い[冬:やや強い/夏:やや強い]
- 花径 : 13cm[大輪]
- 樹勢 : 強い[強健]
- 樹高 : 150cm[最大目安]
- 開花サイクル : 四季咲き
- 作出 : 2011年.メイアン[MEILLAND].フランス
- 原名 : Le Reine Marie-Antoinette
- 交配 : [Peter Mayle × Deep Secret] × Baronne de Rothschild
- 備考 : 2010年ダブリン国際コンクール.2011年リヨン国際コンクール.その他
※「波状弁」「抱え咲き」など、バラの花形にはさまざまなものがあります。
⇒ 花びらと花のかたちで見る「花の表記」の読み歩き
※補足データは4基準に準じる2次的な基準です。4基準ほど育てやすさに直結するものではありませんが個々の花の個性を形づくる情報です。
育てやすさ|栽培難易度
[初心者向け]
はじめてバラを育てようと思われた方や栽培知識に自信がない方でも大丈夫な品種です。
外観上の特徴
王妃アントワネットは四季咲き性の品種で、冬期を除く春~秋に繰り返して何度も開花します。
[※本稿の掲載写真は特に断りがない限りは「無施肥・完全無農薬」です。]
つぼみ~ほころび
つぼみがほころびると、開花後と同じローズピンクの色味が顔を見せます。
開花|花色の魅力
見る者の足を止める華やかな濃いローズピンクの花色と丸弁高芯咲きの美しい花姿から波打つ波状弁の抱え咲きへ。
高芯はゆっくりと開いていき、以下のように咲き進みます。
さらに咲き進むと開いて花芯が見えるようになります。
と同時に、ウェーブがかった花びらの波状弁が目を引くようになってきます。
咲き進んでも王妃アントワネットは美しい花姿を失いません。
散り際になると花芯がはっきりと姿を見せるとともに色味が退色してきます。
濃いローズピンクから薄いピンクへ。
花つき
花つきがかなり良い品種です。
充分な肥培をしている場合でなくても[無施肥でも]多くのつぼみをあげてくることを確認しています。
また、花の大きさ[花径]は春の一番花で最大13cmにもなるゴージャスな大輪品種です。
花もち
花もちが抜群に良い品種です。
一般的なハイブリッド・ティー品種の花もちと比べても、管理人の経験上、最も良い部類に入ると感じています。
典雅な花姿を長期間楽しむことができ、ステムもとても長く切り花としても最適品種と思われます。
香り
甘くて華やかなティーの香りが強く放ちます。[強香]
ティーの香り成分のバラの多くは中香程度の品種が多く、強香の品種は多くありません。王妃アントワネットの大きな長所のひとつがこのティーの強香です。
さらにまた特筆すべきは香りの残香で、切り花にしても中程度の香り[中香]が長く残ります。
例えば、 パパ・メイアン や 芳純 のように優れた香り成分を備えたバラはいくつもありますが、これらは切り花にすることで香り成分が急速に失われることが少なくありません。
王妃アントワネットのこの「残香の持ちの良さ」はすこぶる長所だと感じています。
[切り花の香りはなるべく直射日光を避けた涼しい場所に置くことでより長く持ちます。]
新しい葉と古い葉との対比
新しい葉はこちら。
落ち着くと濃い緑色の葉に。
育てやすさについての私の実感
耐病性
バラはさまざまな病気にかかり、品種を問わず最も頻繁にかかるのが「うどんこ病」と「黒星病」の2つの病気で、これらは「バラの2大病」と呼ばれています。
この品種の2大病の耐病性は「普通よりも強い」と評価します。
うどんこ病への耐病性
うどんこ病の耐病性が「かなり強い」品種です。
[※表記の参考:普通 < 普通よりも強い < 強い < かなり強い < 最強 ]
[露地栽培・無施肥で20株を2年間試してみて、うどんこ病はほぼ生じていません。]
露地で育てていた場合には、窒素分の多い肥料を過度に与えて育てていない限りはうどんこ病を心配する必要はないでしょう。
[もし露地でうどんこ病の発症が多く見られるようなら、与えている肥料の成分を確認してみましょう。窒素過多の可能性があります。問題がありそうなら、窒素分が少ない肥料に変えたり、 食酢 を散布するなど窒素分の解消に努めましょう。]
他方、施設栽培ではうどんこ病が多少生じることがありました。ただ、蔓延して株がやられるほどではないので過度に心配する必要はなさそうです。重層や食酢などの特定防除資材で充分に防除することができます。
なお うどんこ病の症状|風が運ぶ脅威。季節はずれの粉雪がもたらす病害 ではこの病気について解説しています。
黒星病への耐病性
3年前に公開した [初心者必見]おススメの「木立ち性」バラ10選 [2016年6月4日公開]で紹介した際には「かなり強い」や「強い」と評価してきました。
しかし、最新の知見では王妃アントワネットの黒星病の耐病性は「普通」と評価したいと思います。[下方修正]
[※表記の参考:弱い < 普通よりも弱い < 普通 < 普通よりも強い < 強い< かなり強い ]
たしかに、世間では黒星病に強いという評価が今もってあるようですが[2019年現在]、無施肥・完全無農薬での管理人のここまでの栽培感覚では「強い」と評価することは難しいと今は考えています。
2015年・2016年|有施肥・薬剤散布あり
この期間は施設内と露地で王妃アントワネットを合計7株育てていました。[有施肥・薬剤散布あり]
この場合には施設は当然として露地でも黒星病がさほど発症することが少なかったと記憶してます。
2017年・2018年・2019年・現在|無施肥・完全無農薬
2017年以降はほとんどの株を露地栽培にシフトしました。[無施肥・完全無農薬を基本とした緩やかな育成]
これ以降、2017年、2018年、そして2019年も毎年5月半ば~後半には黒星病の発病を確認するようになっています。
数年間見た感想
施肥・薬剤散布有りだと露地であっても黒星病がほとんど見られない一方、無施肥・完全無農薬だと早い時期に黒星病が発症するという感想を得ました。
例年5月に黒星病がそれなりに発症するバラを「黒星病に強い」と評価しないほうがよいと考えられることから、黒星病に対する品種固有の抵抗力は、私の考えでは「普通」評価にしたいと思います。
抵抗力まとめ
ご覧いただいたようにうどんこ病に「かなり強い」一方で、黒星病は「普通」程度の強さと考えています。
2大病への抵抗力は間をとって「普通よりも強い」と評価します。
樹勢
「強い」樹勢です。
先に述べたように黒星病で多くの葉を落とすことはありますが、しかしそのまま枯れ込むケースはほとんど見かけられませんでした。葉を失っても緩やかながら生長し、株を大きくさせ、翌年度に一層のつぼみをつけてきます。「強健」といってよい品種かもしれません。
また、「半直立」と紹介されていますが、管理人の眼下で育っている20株前後の実感としては「ほぼ直立」の印象をもっています。
いずれにしても省スペースで済む品種です。
なお、樹高はおおむね100cmから最大で150cmにまで達します。
とげの具合
若い枝には少数のふとく鋭いとげがあります。
成熟した株元やその付近のとげも若い枝と同じく少数のふとく鋭いとげがあります。
扱うにはどちらも革手袋が必要です。
栽培のコツ
黒星病に強くはないが、負けない強さを秘めた枯れにくい品種
「黒星病への耐病性」の項でも書きましたが、王妃アントワネットを無農薬・無施肥で数年間見た限りは黒星病に強いとは言えないのではないかと管理人は見ています。
ただし、「樹勢」の項で触れたように黒星病によって葉を落としても生長を続ける強さを秘めた品種です。
クイーン・エリザベス ほどではないにしても、枯れにくい品種と言える可能性があります。
黒星病に感染して黄変して落葉する多くの葉を横目に、次々と新しいつぼみをあげてくる気高い姿にはクイーン・エリザベスと重なるものを感じます。
無農薬栽培が可能な品種
黒星病に躍起にならなければ無農薬栽培が可能です。
現に管理人は3年ほど地植えで無農薬栽培を行っています。
この点につき大切なことは、黒星病によって落ちた葉は放置せずにこまめに拾い集めて処分することだけはしっかりと行いましょう。
最低限の施肥と最小限の薬剤散布があるとなお安全
とはいえ、通常通りの管理が可能でしたら有施肥・薬剤散布をした方が安全です。
この場合、肥料の分量は通常よりも少なめ、そして薬剤散布の回数も最小限でもよいと思います。
[薬剤散布に躍起にならずとも大丈夫。]
適する栽培方法
- 黒星病で大きく葉を落とす心配がある。[ただし、樹勢はさほど衰えない]
- うどんこ病の心配がほぼない
- 半直立または直立樹形のため省スペースで育てられる
などから、管理人は、地植え・鉢植えのどちらにも向く品種だと思っています。
ただし、もしもあなたに、
- 鉢で育てたい
- ピンク系統のバラ
- 省スペースで育てられるバラ
というニーズがあれば鉢で育てる[鉢栽培]こともおススメできる品種です。
結論|育てやすいか?のまとめ
これまで見てきたように王妃アントワネットは以下のような特徴から初心者でも育てやすいバラです。[初心者向き]
- 黒星病に心配は残るものの、枯れにくい強健さがある
- 無施肥・無農薬栽培が可能[ただし放置栽培はNG]
[なお、「超初心者向き」としない理由は、黒星病の耐病性の点と最低限の施肥と最小限の薬剤散布を求める場合がある点を踏まえての評価。]
ベルサイユのばら・シリーズ
王妃アントワネットをはじめとするベルばらの主要な登場人物がイメージされたバラが「ベルサイユのばらシリーズ」として販売されています。
「オスカル」や「フェルゼン」、「アンドレ」などがイメージされた品種たちです。
ベルばらシリーズのなかで最も育てやすいのは本稿で紹介した王妃アントワネットだと思われますが、次点で「ベルサイユのばら」がおススメです。
考察|本稿のピンクのバラとアントワネット妃との重なり
王妃アントワネットというバラ
本稿で紹介してきたバラ「王妃アントワネット」は、
- 華奢な枝の先端に気品あるローズピンクの大輪花
- 花びらはウェーブがかるエレガントな波状弁
- 真っすぐと前と上を見据えた花は威厳に満ちており、下を見ない[ことが多い]
- 大輪品種では珍しいティー系の強香と残香の余韻
- 気安く触れるものを拒む鋭いとげ
- 気品よくコンパクトにまとまる樹形
- 病気[黒星病]に強くないがそれでも負けないひたむきさを秘める
などの特徴があることを紹介してきました。
これらは以下で説明しているマリー・アントワネット妃のイメージにそうものだと感じています。
マリー・アントワネット妃との重なり
管理人は、本稿を執筆するにあたり原作ベルばらの王妃アントワネットはもとより、史実のマリー・アントワネットの生涯を細かに調べ、改めて学びました。
その理由は、一見して絢爛豪華なベルサイユ文化のイメージからすれば花数は単純に多いほうがそのイメージに適していると当初は疑問に思っていたからです。その意味では花数の多いフロリバンダ系やシュラブ樹形の品種あたりから選ばれてはどうだろうか、と。ただ、一輪の美を愛でるハイブリッド・ティー品種にアントワネット[やその他のベルばらシリーズ]が選ばれたことに今では管理人もよくよく納得しています。
マリー・アントワネットが生きた18世紀末のフランスはブルボン王朝末期の貴族政[絶対王政]が終わりを迎えつつあった最後の時代です。
彼女が生きた時代・生活空間は、見た目には華やかな宮廷生活ながら、極度の閉鎖社会のなかでのドロドロとした陰惨な人間関係に囲まれた不自由な生活でした。のみならず、同盟の要として幼くして言葉の違うオーストリアからそれまで長年争ってきた敵国フランスに単身移ってきた心細さや居心地の悪さは現代では想像するのも難しいほどです。
彼女はそれにひたむきに耐えながら名門ハプスブルク家の子女として気高く美しく、そして誇り高く振る舞わんとしたそのひたむきな姿に、私も一輪のバラの姿を重ね見ました。
そしてまた、マリー・アントワネット妃は、音楽を愛する感性や国際舞台をファッションからリードするなど主として芸術面での才能を見せた華やかなイメージを伴う女性でもありました。
宮廷や華やかな国際舞台で活躍する王妃の姿は、同時代の人の目にもきらびやかなヴェルサイユ宮殿のなかにあって一層輝くばかりにたたずむ一輪のバラのように見えたのではないでしょうか。羨望と嫉妬とともに…。
フェルゼンとの今生の別れになったヴァレンヌ逃亡事件[1791年]の失敗から民衆の信頼を完全に失った彼女はその翌1792年に37歳の生涯を閉じることになります。その前後、革命裁判中にあっても彼女の気高い芯はいささかも揺らがなかったと伝え聞きます。
池田先生は、ベルばら作中の終盤、若くして白髪になった断頭台上の彼女に「さあ!見るがいい…。これがフランス王妃の死にかたです!!」というセリフを与えています。
14歳の輿入れより重すぎた責務に耐えてきた彼女がようやく解放された瞬間なのかもしれません。世俗の鎖から肉体ごと解き放たれることでしか自由を手に入れる術がなかった女性はやっと無邪気に想い人の下へも駆け出すことができるようになったのだと思わずにはいられません。
本稿のまとめ
さて、いかがだったでしょうか。
本稿では、絢爛豪華なベルサイユのばら「王妃アントワネット」の栽培実感を紹介してきました。
本稿がより良い暮らしに役立てば幸いです。あなたもバラと暮らす生活をはじめませんか?
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王妃アントワネットの栽培/Sentence/All photos:花田昇崇