食べられる花(食用花=エディブル・フラワー)が(近年)注目を集めています。
エディブルフラワーのなかでも特に人気なのはやはり「バラ」(=エディブル・ローズ=食用バラ)。園芸の中でも栽培が難しいとされるバラですが、これを食用目的で育てるのは“園芸のノウハウ”とは違った注意が必要です。使用目的が異なるので栽培方法が異なります。
本稿では「観賞用のバラとエディブルローズが全く違うバラ」である理由を説明した上でエディブルローズ用品種の探し方、そして今後の可能性について紹介します。飲食店・カフェのオーナー様や和菓子・洋菓子業界の方、ホテル関係の方などに特にご覧いただきたい内容です。
エディブルローズとはいかなるものか、そして今後の展開とは?本稿は「観賞用のバラの対極にあるエディブルローズとはなにか。」を語るコラムです。
[※本稿は2016年 執筆・公開した内容を、2020年に加筆・修正したものです]
目次
前置き
エディブルフラワーが人気の理由
日本人と食用花との付き合いは エディブルフラワーの歴史 でも触れたように古くから我々の暮らしの中でとりいれられて身近にあったものです。エディブルフラワーは全く新奇なものではありません。
ここにきてエディブルフラワーがとみに注目を集めるようになった理由はその栄養素の高さが明らかにされたことにあります。
花によってそれぞれ栄養素は異なりますが、ビタミンや食物繊維などが他の野菜・フルーツと比べて何ら劣るものではないことがわかったのです。豊富な栄養素に加えて様々な種類と花色の多彩さから百花繚乱の様相を呈するエディブルフラワーは、料理人の工夫次第で単に料理に添えることのみならずその場をすら演出することができる力を秘めています。このような魅力が注目を集める理由と思われます。
観賞用のバラ(=切り花)とエディブルローズは似て非なるバラ
エディブルフラワーとして食べられるバラとはどのようなものか。
これをよりよく理解していくためには皆さんが普段わりと目にする機会のあるバラ、つまり「観賞用のバラ」がどのように栽培されているのかを知っていただくことからはじめたいと思います。
「見る・観賞する」ことを目的に生産されている文字通りの観賞用のバラは、花束や結婚式のブーケなどの素材としての「切り花」として流通しています。バラのもつ豪華さと乱れのない花姿が“高貴で品がある”というそのイメージづくりに大きく貢献しているのはご承知の通りです。
このような「観賞用のバラ=切り花」は管理された施設内で“観賞すること”の一点に特化して栽培されています。地面に植えておけば自然と花屋のバラが「出来上がる」わけではありません。乱れのない花姿はプロの手でしっかりと管理栽培することでようやく得られる製品です。
ではその管理とはいかなるものか。市場にでまわる切り花のバラの育て方とともに、これを口にしてはいけない理由をお伝えしたいと思います。
観賞用のバラを口にしてはいけない理由
病害虫のデパート
他の草花と比べてみてもバラは様々な病気にかかり、そして害虫も数多く寄ってきます。“病害虫のデパート”と揶揄される所以です。これら病害虫に関連する様々な知識が求められることがバラ栽培の敷居が上がる最大の原因ともなっていることは1株でもバラを育てられた経験のある方ならご承知のことかと思います。
ところで、病害虫の被害を減らすことにビニールハウスは有用です。しかし被害のすべてを抑えきることはできません。ハウスはハウスなりに露地栽培の場合には生じにくい別の病害虫が生じやすくなるためです。
※たとえば施設栽培の代表的な害虫にハダニをあげることができます。
⇒ ハダニ|バラの害虫|葉の表面のかすり状紋様に要注意!それが寄生の印
ハウス栽培にしても露地栽培にしても「お客様のニーズに応えることができる品質」のバラを作ろうとすれば、病害の拡大を阻止する治療薬剤や、そもそも病害にかからせないようにするための予防薬剤などの殺菌剤、また殺虫剤を併せ重ねて散布していかなければなりません。
以下は“完全”な無農薬で実験栽培している、あるバラのつぼみの姿です。
基本的には害虫の猛威に襲われる前に殺虫剤をくまなく散布して被害の拡大を防ぐことが必要になります。
高い完成度を求められる観賞用
一度生じた被害痕は治癒した以後にも残るものが多くあります。観賞用のバラは観賞するための商品ですから高い完成水準が求められます。けれどもキズが残ってしまうわけですね。キズのあるダイヤモンドリングに高い価値が与えられないのと同じように、病害虫の被害痕は商品としての価値を大きく損なうのは言うまでもありません。
-病害虫の被害痕を残してはいけない。-
このような思考に生産者はなります。
それでは、事後的な対応の治癒では不十分な病害虫の被害に対していかに対処していけば良いでしょうか。
シンプルな解決策はそもそも病害虫にやられないように予防としての薬剤散布を念入りに行うことです。事後的対応の治癒が充分にのぞめない以上は予防に手を尽くすしかないと考えるのが素直なところです。
観賞用のバラ。その正体
かくして観賞用のバラは様々な薬剤で守られることになります。
個々の病気や害虫それぞれに異なる複数の薬剤を念には念を入れて散布していくことになるため、各薬剤ごとに定められている総使用回数は年間の規定数を上回るケースが少なくないという噂も耳にします。(※あくまでも噂です。)
つまり“薬剤で幾重にもコーティングされたバラ”。それが観賞用のバラの美しさの正体と言えます。
これは良いも悪いもありません。本来病害虫に弱い花を、観賞用として強いて高い水準の品質で求めるわけですから。
観賞のための切り花のバラ=工業製品
薬剤でコーティングされた観賞用のバラは、ある意味で“工業製品”のようなものです。庭などで咲かせる天然自然のそれとはまったくの別物だと認識ください。
食用として口に入れることは最初から想定されてはいません。
ですからもしも観賞用の花びらを食べた場合に中毒症状が生じるケースがあったとしても、それは当然の事態ですので全く驚くべきものではありません。
まず食べてはいけませんし、万一口に入れてしまった場合には速やかに医師の診察を受けるようにしてください。
以上が観賞用のバラを口にしてはいけない理由です。
エディブルローズは食べることを目的に作られるバラ
エディブルローズ=農産物
エディブルローズ(食べられるバラ/食用バラ)とは口に入れることを前提にしたバラのことです。
ここまでご覧いただければ察しが付くかと思いますが、同じバラながら観賞用のバラと対極にあります。
こちらは観賞用のように見る人を感嘆させる美しさを第一の目的とはしていません。口に入れることの安全性をこそ第一に考えている食べ物です。
エディブルローズになり得る品種を育てる
では、エディブルローズになり得る品種にはどのような要素が必要でしょうか。興味のある方がご自宅で育てられる際の指針となる選択基準を示しておきたいと思います。
私の考える独自の基準は以下の通りです。
基準1.最も重要なのは耐病性が強いこと[耐病性の強さ]
農薬まみれの農産物を食べて嬉しい人などいません。病害虫のデパートであるバラ栽培において、いかに農薬の使用回数を減らしながら同時に綺麗さを保ちつつ栽培できるか。生産する側の悩みはこのあたりにあります。
この解決策はバラの品種自体が有する耐病性にあり、耐病性の強い品種を選択することが基本です。さらに香りの強い品種であればなおよいです。
耐病性の弱い品種は適しません。耐病性が弱いとどうしても化学農薬の手助けが必要になってきます。それも頻繁に。耐病性の強弱はその食用バラ品種が農薬まみれとなるか否かの直接の要因になるので弱い品種は避けるべきです。
基準2.食べて美味しい=味覚
食べ物ですから食べて美味しいかどうかが重要です。ただ、我々日本人はこれまで花びらを日常的に食べてきたわけではありません。
じつはバラも品種により花びらの食べやすさに違いがあります。あまり知られていないことですが、すべての花びらは同一の食べやすさではありません。適さないものは口の中でいつまでも花びらが残る嫌な食感と苦みがあり二度と食べるまいと思う品種も多くあるのです。品種選定の上で食感は極めて大切です。そのため私自身も100品種(追記:2017年現在は400種類)以上の食べ比べをした上でエディブルローズ用の品種を考えています。
“爽やかながらあっさり食べられる花びら”であること、これが生食であれ加工用であれいずれについても適していると感じています。
まずは食べてみて、嫌な食感と苦みがないかどうかを確認しつつ品種選定を進められると良いでしょう。
基準3.嫌味のない色合い=視覚
たしかにバラは百花繚乱の多彩な色味があります。ですが食卓に、例えば青色や紫色が並んだとしたらどうでしょうか。おそらく食欲を大きく損なうのではないでしょうか。
食事は視覚で楽しむものでもありますから、青系(紫系)のように食欲を減退させる色合いは相応しくありません。食欲を促進する色合いが好ましいでしょう。
エディブルローズとしての品種を選ぶ際にはその花色が食卓に並ぶに相応しいかどうか、これも重要な基準です。
耐病性・視覚・味覚の3つの関係・考え方
上記3つの基準のどれか一つに依拠するのではなくて、耐病性の点を軸に3つを総合的に考えて品種の選定をしていくのがよいのではないかと考えています。ローズフェスタではこのような基準を経て品種の選定をしています。
※なお、黒バラの銘花といわれるパパ・メイアンは食用になります。栽培のコツ等はこちら。
⇒ 最高級の花びらと強香の黒バラ[パパ・メイアン]の栽培実感
※こちらの記事では、記事後半で当ローズフェスタの考えるエディブルローズの理念について触れています。
⇒ ばらの町・福山市でバラ園づくり|ローズフェスタ店長日誌10回目
基準4.花もちの良し悪し(生産者・消費者双方)
花もちの良し悪しは品種によって大きく異なります。
基準4はジャムやアイスなどの加工食品に限定して用いる場合には特に問題になりません。収穫後早い段階で花の形を崩して加工を終えてしまうわけですから。
基準4は生食用として提供する場合に気になる点かもしれません。生食用の品質を最適な状態に保つ保存方法があれば基準4は不要です。
なお、夏場の常温下の場合には採花から1~2日程度で散り落ちる品種も多くあるので、基準4は夏場に問題となる場合があります。
食品として求められる安全でおいしい食品であるために
結局は食品としての品質を備えていることが何より重要なのは言うまでもありません。
すべては安全でおいしい食品であるための基準であって、そのための耐病性基準であり味覚であり視覚への配慮です。
必ずしも整形花ではない
綺麗さを第一に生産しているものではありません。観賞用のバラのように整ったものばかりではないことを予めご承知いただきたいと思います。
また殺菌剤や殺虫剤などの使用はなるべく抑制的であるのが望ましいので虫が混入していることもあり得ます。これは農薬コーティングがされていない安心の証拠とお考えいただきたいと思います。
エディブルローズの可能性
最後に、このようなエディブルローズの用途についての私の提案を書いておきます。活躍できるシーンの一部を紹介するに過ぎませんが参考になれば幸いです。
- ローズカクテル-白ワインやリキュールにつけてバラエキスを抽出する。お店の目玉としてカクテルを提供されてみてはいかがでしょうか。
- ローズジュース-定番のジュース。バラエキスを抽出して作ります。炭酸を交えて飲めば気分も爽快。カフェメニューの端に加えてみてはいかがでしょうか。
- ローズジャム-定番のジャム。花弁を砂糖などで煮詰めることでお店オリジナルのローズジャムが出来上がります。オリジナルローズジャムを使ったバンを販売されてみてはいかがでしょうか。
- ローズアイス-定番のアイス。ローズエキスを原料に加えたり、花びら自体やそれを砕いたものを加えて作ります。ご自宅、店舗いずれでも活躍できるオリジナルジェラートとなること請け合いです。
- メインディッシュに添える-肉料理などのメインディッシュの傍らに食べられるバラを。メインディッシュの豪華さが格段に増すことは間違いありません。バラと合うソースといただく食事は会話も弾みますね。
- サラダにあえる-生食用をそのままサラダの具材の一つとしてあえる。単調な色合いからカラフルなサラダへ。食事を楽しむことは素敵な女性への近道です。ご自宅でも簡単にお作りいただけます。ぜひ挑戦されてみてください。
- ローズデザート-ローズケーキやローズムースなど、デザートとバラとの相性は抜群です。生食用でもドライでも、アイデア次第で様々なデザートにお使いいただけます。新メニューにバラを使ったオリジナルデザートを考案されてみてはいかがでしょうか。
これらに紹介したものは一部にすぎません。用途は限りなく、可能性は無数にあると感じています。 エディブルフラワーの楽しみ方 でも簡単に紹介しているので宜しければ参考にしてみてください。
本稿のまとめ
本稿ではエディブルローズを理解してもらうために観賞用のバラがどのようなものかを説明してきました。バラに馴染みが薄い方にとってはバラ=観賞用をイメージしているものと思われたからです。
観賞用のバラとエディブルローズが全く違うものであることが伝わりましたでしょうか。そして品種の選び方や可能性についての私見を述べてきました。
本稿で紹介してきたエディブルローズは感性を磨く食事を提供するものです。料理の色どりや食感、そして香りなどを五感を使って味わうひとときはあなたの感性をさらに磨き上げる有益な時間となることでしょう。
あなたもバラと暮らす生活をはじめませんか?
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本稿で登場したバラ栽培/Sentence/All Photo:花田昇崇